「装い」  藤次郎と玉珠が再開した年の冬。藤次郎はいつものように玉珠と会社の帰りに待ち合わ せて、藤次郎のアパートに行った。  帽子を脱ぐ藤次郎に、  「なんで、帽子被っているの?それじゃぁ、オジサンみたい」 と玉珠はいつものようにからかいながら言った。  「いや…結構帽子被ると暖かい物だよ。薄いマフラー一本あるだけで、寒さを感じなく なるように…」  「それは、そうだけど…歳を考えてよ」  弁明する藤次郎に、玉珠は年相応の格好をしていない藤次郎に対して半分呆れていた。  藤次郎と玉珠は、まだ二十歳代半ばを過ぎている…お互いビジネスマン・ウーマンだか らバリッとスーツを着こなしているが、藤次郎はそれに輪をかけてオジサンくさい洋装を 好んだ。  昔から、藤次郎はファッションに頓着がない。これでも最近は玉珠のアドバイスを聞き 入れて、年相応のファッションになりつつあったが、それでも地味なファッションが好み の藤次郎を観て、玉珠は自分に釣り合うファッション・センスになって欲しくて、藤次郎 の装いにあれこれ口を出す。  アパートの玄関でトレンチコートを脱ぐ藤次郎を玉珠はかいがいしく手伝う。  「…おっ、重!」  藤次郎の着ていたコートの重さに、玉珠は一瞬バランスを失った。  「どうして、男の人の服ってこう重いのかしら…」  「さぁね。でも、このコート米軍の放出品だから、余計重いのかも」  「そうなの?ぜんぜん軍服には見えないわね。色も紺だし…」  重いコートを裏返したりして見ながら、玉珠の脳裏には、最近見たテレビの映画番組の 戦争物で主人公の俳優が着ている濃緑色のコートが浮かんでいた。  「元々、トレンチコートは軍服なんだ」  「そうなの?」  「第一次世界大戦のヨーロッパで塹壕の中で雨に打たれて戦闘する兵士のために作られ たんだ…トレンチって塹壕のことだよ」  「ふーーん」  「それを英国のバーバーリー社が格好よく仕立て直して市販したのが、現在のトレンチ コートという話だよ。あれには、いろいろ金具やらボタンやらついているけど、あれには ちゃんとした理由があるからだけど…」  「へぇーー」  玉珠は感心したような返事をした。  「だから、このコートは軍用のコートの直系の子孫…もっとも、米国製だけど」  「でも、防弾とかついてないでしょ?どうして重いの??」  「はは、防弾にはなってないけど、撥水性を高めて、雨水の浸入を防ぐために生地が厚 いのと、内側に中張りが入っているからじゃないかな」  「ふーん」  玉珠は首をかしげながら、納得したようなしなかったような顔をした。  藤次郎は玉珠から自分のコートを受け取ると、それにハンガーを通して身近な鴨居にか け、今度は藤次郎が玉珠がコートを脱ぐのを手伝う。  「ありがとう。藤次郎」 と、礼を言う玉珠に対して藤次郎は微笑むと、これもハンガーを通し、身近な鴨居にかけ た。  コートを脱いだ玉珠の胸元には、キラリと光る純金の板の付いたネックレスが下がって いた。  藤次郎はそれを見て、  「まだ、持っててくれたんだ」 と、感心して言った。この純金の板は藤次郎が玉珠に以前プレゼントした物で、玉珠のイ ニシャルが浮き彫りにされていた。  「だって…藤次郎の初めてのプレゼントだったもの!安直に棄てられないわ!!」 と、ムキになって玉珠は言った。  「…いや、そうなんだけど…棄てないで持っていてくれたのは、ありがたいよ」 と言って、藤次郎は玉珠に手を合わせた。  「…そんな、大げさに…」 と、玉珠は驚いてたじろいだが、藤次郎は真剣に有り難がった。  多分、喜平の18金ネックレスの一部に直された、藤次郎からの贈り物は玉珠の首を綺 麗に飾っていた。  「ネックレスに直したんだ…」  「うん、藤次郎と再会してすぐに、ネックレスになおしたの…フフッ、これを着けて藤 次郎に逢うのは初めてね」 と、玉珠は微笑んで言った。  「そうだね、最初はただのチェーンだったから…」 と、藤次郎も答える。  藤次郎と玉珠はいつものように、焼酎で乾杯。お互いお酒が入り、軽く酔ったところで、 おもむろに、  「お玉にネックレスをプレゼントしようと思ったけれど、お玉の胸元にはこれがあるか ら、買ってあげられないな…」 と、藤次郎が玉珠のネックレスを指さしてふと漏らすと、  「あーーん、ひどい…でも、ネックレスはこれがあるから、いらないわ…代わりに指輪 を頂戴」 と玉珠は応酬して藤次郎の目を見据えてねだった。  「指輪は高いな…」  藤次郎が目をそらすと、玉珠は藤次郎が目をそらした方向に移動して、  「ね、頂戴!」 と、ねだった。  「…首輪では駄目?」  首をかしげて言う藤次郎に対して  「首輪?…何考えてんのよ!」 と、玉珠は怒った。  「…いや…首輪というか…その…よく、女の人が首に飾りをしているじゃないか…」  藤次郎は自分の首を指さし、それを横に往復させて首に何か巻いていることを示した。  「マフラー?」  「…じゃなくて」  「スカーフ?」  「…でもなくて…それに、それじゃネックレスが隠れる」  「あっ、チョーカー?」  「そう!それ」 と言って、藤次郎は膝を手で叩いた。  「チョーカーなら、そのネックレスと一緒にしても問題が無いような気がする…もちろ ん、デザインは、選ぶだろうけど…」  「フーーン」 と、玉珠は妖しげな笑みを浮かべながら、藤次郎を流し目で見た。  「…なっ、なんだよ…」 と、うろたえる藤次郎に対して、  「私を繋ぎ留めたいの?」 と、玉珠はボソリと言った。その言葉に藤次郎はドキリとしたが、  「うっ、うん。これ以上お玉と離れたくない」 と藤次郎が言うと、玉珠は安堵の表情を見せて、  「わたし…、もし藤次郎がプレゼントしてくれるなら、首輪でもいいかなぁ…て」 と言って、玉珠は酔った勢いもあり、藤次郎にしなだれかかった。  「…飼い犬…」 と、藤次郎がぼそりと言うと、玉珠はいやな顔もせずに  「ワン!」 と笑いながら言った。  おかげで、次の週末には藤次郎は玉珠に連れられて、宝飾品店に行くことになった。さ すがに、玉珠はねだった手前、藤次郎の懐具合を心配して、渋谷、新宿、銀座には行かず に、値段の安い宝飾品が売っている店がひしめき合っている御徒町に連れて行ったのは、 さすがだと後になって、藤次郎は思った。  じっくりとネックレスとの相性や値段を話し合いながら二人して長い時間かけて、チョー カーを選んだ。  翌日玉珠は自慢げにチョーカーを着けて自分の会社に出社したが、上司や同僚に”首輪” 呼ばわりされて、挙げ句に  「橋本は、今度は取引先の男に飼われたぞ」 と言われて凹んだと、その晩わざわざ藤次郎を自分のアパートに呼びつけて、やけ酒を飲 みながら藤次郎に愚痴をたれていた。その割には、藤次郎がプレゼントした物だからか、 または自分が選んだ物だからか判らないが、そのチョーカーが気に入ったらしく、藤次郎 の帽子と同じく、会社や仲間内で有名になった。 藤次郎正秀